後藤 明生 <パートU>           ( 「あさくら讃歌」編 )

あさくら讃歌のこと

 

 朝倉の地で詠まれた万葉の詩のほか、皇后陛下が皇太子殿下誕生のおりに作曲された「おもひ子」(宮崎湖処子の詩)や朝倉橘広庭宮ゆかりの謡曲「綾の鼓」などが織りこまれた合唱組曲「あさくら讃歌」は、混声合唱組曲のための八篇の詩として後藤明生が作詞しました。

 甘木市役所企画調整課に所属していた私は、上司で同課長の酒井寿昌氏(故人)、後藤明生の同期の遠藤秀雄氏(故人)、朝高の恩師鞭幸枝先生とその長女真子氏とともに、大阪にて後藤明生に会いました。その目的は、「あさくら讃歌」の作詞を依頼することでした。

 遠藤氏とは旧知の仲であったことに加え、鞭先生とは「朝倉高校学生歌」の作詞者作曲者の間柄という縁もあり、快諾を得ました。私は早速、甘木朝倉1市4町2村の自然・歴史・観光などの資料を集めて送付しました。

 合唱組曲は、甘木朝倉全体を歌う讃歌であることから、その担当は甘木朝倉広域市町村圏事務組合へ移管され、三善晃の作曲により完成し、平成4年5月10日、全国植樹祭の夜須高原での開催にあわせて甘木文化会館にて天皇皇后両陛下参列のもとに初演を迎えたのです。

 後藤明生が、「あさくらは“謎”が多い」としきりに呟いていたのを今でもはっきり覚えています。ちなみに、「あさくら讃歌」の命名者は、元甘木市長友納昭智氏(故人朝高2回生)です。
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    あさくら讃歌

 このほど後藤明生が「甘木朝倉法人会だより」に寄稿した自筆の原稿「幻の故郷」に接することができました。これは「あさくら讃歌」の作詞を依頼する10数年前のものです。

 この中では、後藤明生の故郷「あさくら」への強い想いを垣間見ることができます。こうした想いがあったればこそ「あさくら讃歌」作詞に並々ならぬ情熱を注いだのかも知れません。

    寄稿原稿「幻の故郷」        直筆原稿「幻の故郷」写真

                  朝高同窓会事務局 松田秋廣(朝高20回生)



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